第三講 倫理への殉死、そして治承のクーデターの発端-平重盛

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Ⅰ 父清盛への諫言                                              【第五回】

物語の世界に描き出される作中人物としての重盛は、父清盛との関係において重要な役割を付与され、この人物の持つ意味、その人間的内容が開示されていく。巻一「清水寺炎上」の章段は、清盛と重盛との関係が鮮明な形を採って表れる最初の章段であるが、まずは、この章段の虚実も明らかにしながら、後白河法皇に不安を抱く父清盛に対する重盛の最初の諫言の様相を見つめる。そして、後白河法皇と清盛の亀裂を決定的なものとした鹿谷の陰謀の発覚は、名高い巻二「小教訓」・「教訓状」の二章段において、重盛の諫言を基軸として展開する父と子の人間劇を映し出す。物語の作者が描き分ける二つの個性の愛情を潛めた葛藤劇とその帰趨を追う。

Ⅱ  倫理への殉死                                                  【第六回】

絶対的な権力者清盛に対して、その嫡男重盛は時代の人々の心を支配した仏教・儒教の徳目を一身に人格化した存在として物語世界に造型されているが、物語世界の重盛は自らの備えた倫理そのものの繫縛によってほとんど自死に似た死への道を選ぶことになる。死後の世界の実在を確信していた中世の人々の特有の死生観を紹介しながら、一夜見た夢によって一門の滅亡を確信し、嫡男維盛に自己の死を予告する重盛の言動を眺め、さらに、その予告の経緯が明らかにされる重盛の熊野権現への祈りの言葉を見つめる。重盛の運命の帰趨を委ねられた熊野の神は重盛にどのような意志を示したか。熊野権現の託宣のありようと、その後の重盛の姿を、実在の人物としての重盛のありようと対比しながら辿る。

Ⅲ 重盛と治承のクーデター                               【第七回】

重盛世を去って三ヶ月後、治承三年(一一七九)十一月七日の夜、都の大地が激しく震動した。陰陽頭安倍泰親は急ぎ内裏に参上、この地震は緊急に災厄の起こる予兆であることを奏上した。同月十四日、福原に隠棲していた前太政大臣平清盛が突如数千騎の軍兵を率いて洛中に入った。いわゆる治承の政変、治承のクーデターの開始である。衆口嗷々、都の人々の怖じ怖れる中、清盛は武力を背景に公卿殿上人四十三人の官職を剥奪、関白藤原基房を都から追い、後白河法皇を鳥羽殿に幽閉した。王法に対する清盛のこの敵対行為は、何故生まれたか。史実と物語の両面から清盛の怒りの要因を伺い、その重なりと差異、この問題をめぐっての物語世界に存在する清盛・重盛父子恩愛の様相を見つめる。