第五講 滅亡の海-壇の浦とその前後

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Ⅰ 壇の浦の知盛、そしてその過去                               【第十一回】

一の谷の合戰に敗れた平氏は安徳天皇を擁し、平宗盛を棟梁とする本隊は屋島に遁れ、そこに本拠を据え、もう一隊は、平知盛を中心に関門海峡西端の嶋彦島に拠点を置き、源氏の軍勢を迎え撃つ体制を敷いた。しかし、源九郎義経を指揮官とする屋島攻撃の軍勢の攻勢は厳しく、屋島を追われた平氏本隊は知盛の軍勢と合流、壇の浦決戦の時を迎える。すでに兵力に於いて源平三対一の劣勢下にあった平軍の指揮官平知盛は決戦の火蓋が切られる折、船の屋形に立ち出で、今日が最後の戦であることを告げ、「退く気持ちを捨てよ、運命尽きれば敗れるも致し方なし、されど名が惜しい、弱氣を見せるな、命を惜しむな、これだけが思うこと」と全軍を叱咤、檄を飛ばした。そして、この檄は痛恨の過去を背負う知盛が誰よりも自らに向かって叫んだ言葉であった。知盛痛恨の過去とはいかなるものか、壇の浦合戦における知盛のありようを見つめるとともに、物語世界における知盛像造型の構想を考える。

Ⅱ 安徳天皇入水、そしてその母女院の帰洛と出家                  【第十二回】

壇の浦合戦最大の山場、安徳天皇入水の場面は、物語の世界において安徳天皇を抱いて入水したのは建礼門院徳子の母、幼帝安徳の祖母二位殿時子であったという設定である。幼帝を抱いて船縁に立った二位殿は、幼帝に地上の祖神伊勢大神宮に別れを告げ、あわせて西方浄土の阿弥陀の来迎を祈念する所作を教えた後、涙と共にその教えに従った幼帝をかき抱き、「波の下の都」を目指して船縁を蹴った。その折、二位殿の脇には、三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉が脇挟まれ、腰にはこれも三種の神器の一つ草薙剣が差されていた。天皇を天皇として資格付ける日本国の宝物を海底に沈めることを決意した二位殿の心中には、この三種の神器をめぐる重い過去があった。三種の神器をめぐるこの女性の情念の劇と、入水に際して幼帝の後生と一門の救済を娘徳子に託したこの女性の遺言は幼帝の母女院にどのように受けとめられるか。幼帝の母として、母に重い使命を託された娘として類希な苦悩を背負った女院の動向をもあわせ見つめる。