第四講 恩愛の彼方へ-平維盛

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Ⅰ 美貌の貴公子                  【第八回】

平維盛は清盛の孫、重盛の嫡男として平氏嫡統に位置する平氏一門の枢要な人物である。しかし、維盛は源平対決の屋島合戦以前、屋島に陣を布く平氏一門を離脱し、那智の海に入水して果てた。維盛は、何故、危機の中にある一門に背を向け、自死の道を選んだか。第一回は『平氏系図』から、維盛の父重盛、そして維盛が背負っていた婚姻関係を確認し、さらに幼・少・青年期を平氏のいや増さる繁栄期に重ねた維盛が、宮廷社会の中で、どのような資質を生い育てたか。維盛青春期の印象的な風景を諸文献の中に見つめるとともに、いつか反平氏の気運の釀成される不穩な時節の中、父重盛の期待の子として形影相伴うかの如き重盛・維盛父子の姿と、父重盛に死別し、治承のクーデター発生後、遂に一軍の大将として軍陣に臨む維盛のありようを辿る。

Ⅱ 富士川合戦の虚実・維盛像造型の虚実                 【第九回】

名高い富士川の合戦は、維盛が一軍を率いる大将軍として臨んだ、いわば初陣の合戦であった。この合戦が史実としてどのような合戦であったか、その実態・実情を三人の公家の日記、また鎌倉幕府の編述した『吾妻鏡』によって復元し、史実としての合戦の様態を明らかにすると共に、その合戦を『平家物語』がどのように描き出しているか、物語の描き出す富士川合戦の虚実を見定める。その作業は自ずから維盛像造型の中にも潜む虚実の様相を明らかにすることになるであろう。さらに富士川合戦以後の武将維盛のこれも史実と物語の差異を明らかにし、維盛像造型の中に物語の作者がいかようなテーマを付与しようとしているか。宮廷貴族社会の貴公子としてあった維盛が武門平氏の嫡統として武将の道をも歩むことを強いられた危機の時代の姿をも眺めながら、次回以降、平家一門都落ち後に全開する維盛問題を考えていく。

Ⅲ 紫雲の上の夢・蒼海の底の祈り                          【第十回】

維盛の父重盛の北の方は、後白河院の側近、平氏討滅を企てた鹿谷の陰謀の首謀者新大納言藤原成親の妹、そして維盛の北の方は成親の娘であった。維盛の北の方は父が平氏討滅を企て、その謀議発覚して舅の父清盛によって捕らえられ、殺された女性であった。類少なき苦難の境涯を背負うこととなったこの夫妻は、しかしながらそうした苦難を逆バネに一層強い夫妻の愛を強めたと思しく、維盛都落ちに際しての維盛と妻子別離の場面には、夫妻の愛の極北の姿が象られている。一門の人々とは異なり、妻の身を氣遣う故に、心強く西国への単独行を決意した維盛は、しかしながら、その恩愛の絆ついに断ちがたく、元暦元年三月十五日の暁、屋島の館を脱出した。維盛の脱出劇には、さらに一門の人々の維盛変心の疑惑、重盛の子等の源平対決の中の失点なども絡んでいた。妻子の居る京の地で、今一度の最後の対面を願った維盛の強い思いは、しかしながらその途次、囚われの身となった折の一門の恥辱を思う武将としての強い自制によって、その思いは断ちきられ、維盛の足は高野・熊野、そして那智の海へと向かった。維盛が恩愛の彼方に求めようとしたものは何か。維盛の身に展  開した政治劇、心情の劇を追う