【 源氏語り五十四帖 】中巻 (全10巻) オリジナルテキスト付き

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【 中巻 】

第十九回 少女おとめ
母葵上亡き後、祖母大宮のもとで育てられた夕霧は、事情があってやはり大宮のもとで育てられていた頭中将の娘雲居雁と元服前から恋仲になっていたのですが、冷泉帝の中宮争いで光源氏方の梅壺女御に敗れた内大臣は、せめてこの残された娘に入内の希望を繋ごうとします。雲居雁がすでに夕霧の恋人となっていたことを女房の噂で知った内大臣は激怒し、二人を引き離し、彼女を自邸に引き取ってしまいます。一方、光源氏は、四季の自然を配し、女君たちを据えた六条院を建て、新たな体制作りに入っていきます。光源氏の方針で大学に入学させられた夕霧は、祖母大宮から引き離され、その六条院で勉学の日々を送ることになるのです。親たちの思惑によって引き離された年若い二人の恋はどうなるのか、第二世代の物語が新しい舞台に始まっていきます。

第二十回 玉鬘 たまかずら
なにがしの院で亡くなってしまった夕顔の遺児、玉鬘が長谷寺参詣の途中で発見される数奇な運命の物語です。夕顔の行方不明の後、玉鬘は夕顔の乳母一家に養われ、やがて乳母の夫の任国である九州に共に下って行きました。その地で乳母の夫が亡くなってしまうと、一家は九州に残ることを主張する者と、都に連れ帰ろうと考える者に分裂し、玉鬘一行はかろうじて土地の実力者の手を逃れ、上京します。しかし、都には何の手づるもなく、内大臣とは連絡がつきません。路頭に迷った一行が必死の願いを込めて行ったのが長谷参詣でした。その途次、玉鬘一行は偶然にも右近と再会します。右近は夕顔の女房で現在は光源氏付きの女房となっていたのです。この美しい姫君は果たして本当の父に会えるのか。その不思議ななりゆきをたどります。

第二十一回 初音・胡蝶はつね・こちょう
新たに玉鬘を加えた六条院は新春の華やぎに満ちていました。光源氏・紫上を中心にした六条院の理想的な体制がスタートします。その中でひそかな不満を噛みしめるのは、近くに住みながら、娘、明石姫君に会うことを許されない明石の御方でした。娘にあてたせめて新春を言祝ぐお手紙くらい書いてくださいという手紙は、親子の仲を引き裂く光源氏体制への抗議でもあったのです。新春の男踏歌も行われ、玉鬘に惹かれた若い男たちのときめきが雪の中に渦巻きます。桜の盛りに、紫上は桜と山吹を折って胡蝶の姿をした童に持たせ、二艘の舟に乗せて隣の秋好中宮のもとに届けさせます。秋好中宮がかつて贈ってくれた美しい紅葉のお返しなのでした。そうした中で玉鬘は次第に六条院になじんでゆき、懸想文も多く集まります。ところが、光源氏自身が玉鬘に夢中になってしまい、二人の仲は緊張をはらんだものとなってゆきます。

第二十二回 蛍・常夏ほたる・とこなつ
玉鬘への求婚者は、柏木・髭黒・兵部卿宮などたくさんですが、光源氏の弟で一番の親友である蛍兵部卿にぜひその美しい姿を見せたいと、光源氏は袖に包んだ蛍の光で玉鬘の姿をほのかに映し出します。玉鬘の評判に嫉妬した内大臣は、新たに近江君という落胤を迎えますが、この姫君の評判は今一つです。夏の暑い昼下がり、釣殿の上で交わされる世間話から、引き取られた姫君の芳しくない噂は広がっていきます。

第二十三回 篝火・野分かがりび・のわき
初秋を迎え、抑えきれない恋心を訴える光源氏に、玉鬘も次第に惹かれていきます。玉鬘の官能的な美しさと、苦悩を篝火が照らしだします。その秋、六条院をかつてない大暴風が襲います。建物も、廊下も、庭の立木も草花も破られ、乱れる中で、夕霧は六条院の町町を見舞い、思いかけず義母紫上を垣間見、激しく心を揺すぶられます。それに味を占めたのか玉鬘と光源氏が馴れ馴れしく戯れるさまものぞき見し、父の秘密に深入りしてしまったような動揺に寝られぬ夜を過ごします。六条院の体制が新しい世代の台頭によって揺すぶりをかけられる場面と言っていいでしょう。

第二十四回 行幸・藤袴みゆき・ふじばかま
光源氏は玉鬘に大原野行幸を見物させ、自分と瓜二つの冷泉帝に強く惹きつけられたのを見て満足します。冷泉帝ならば、光源氏の実子であり、愛着を感じ始めた玉鬘を譲るにふさわしい相手だったからです。尚侍としての冷泉帝出仕を決めた光源氏は、玉鬘の本来の父を、出仕に先立つ裳着の前に明らかにしようとします。大宮邸で玉鬘の素性を打ち明けられた内大臣は喜び、裳着の際の裳の腰を結ぶ役を引き受けるのでした。ところが、玉鬘を実の父に引き合わせるきっかけとなった大宮は、その後間もなく亡くなり、喪に服した玉鬘の姿を見て、同じく祖母大宮の喪に服していた夕霧は不覚にも動揺します。今まで姉妹だと思ってきた玉鬘へ抑えきれない思いを、夕霧は今更ながら実感し、告白するのでした。

第二十五回 真木柱まきばしら
玉鬘の姫君が思いも寄らず、求婚者の中でもっとも無粋な髭黒と結婚することになりました。長年連れ添ってきた髭黒北の方は、式部卿宮の長女で生まれもよく子供も何人かできましたが、玉鬘に心奪われ、自邸に迎えようと必死になる髭黒の姿をみて我慢できず、ついに彼の頭の上から香炉の火を投げつける狂乱を演じるまでになってしまいます。父宮に引き取られて実家に戻ることになった北の方が娘を連れていこうとすると、父に可愛いがられていた娘は、父にも、この邸にも愛着があって、別れの歌を柱に書き付けていくのでした。

第二十六回 梅枝うめがえ
明石姫君は十一歳で裳着をし、同じ年頃の東宮に入内することになりました。光源氏ははるか昔高麗人がさしあげた綾や香を取り出し、この時とばかりに豪華な嫁入りの準備をさせました。六条院のそれぞれの女房に加えて、光源氏自身も、朝顔姫君も香を合わせ、その香りを嗅ぎ分けて評価する香合わせの競技も行われました。さらに男君たちには、それぞれ工夫と特色のある「草紙」を書かせ、その書体と中身を観賞しながら、それぞれ人格と書の関係を論じる光源氏でありました。

第二十七回 藤裏葉ふじのうらば
強情を張っていた内大臣も、六年目についに折れて雲居雁に夕霧を正式に婿取ることとなりました。この日を待ち続けていた夕霧は、一家の人々に歓待される喜びを噛み締めるのでした。明石姫君の入内にあたっては紫上が付き添って入内しましたが、長く付き添い続けることは困難なので、明石御方に後見の役目を譲り渡し、明石はようやく娘の身近で生活できるようになりました。こうして子供たちの問題が片付いていく中で、光源氏の人望はさらに高まり、ついに准太上天皇の位を奉られるに至ります。息子の冷泉帝も六条院に行幸し、華やかな宴のうちに、ひそかに「父」への敬意を表そうとするのでした。

第二十八回 若菜 上一わかな 
朱雀院は六条院行幸の後、健康を害し、出家を望むようになりますが、心残りが二つありました。一つは最愛の妃朧月夜を残していくことへの懸念で、もう一つは母亡き娘として、もっとも寵愛してきた女三宮の将来への不安でありました。後見のないこの娘を、どうにかしっかりした夫の手に委ねたいと、朱雀院は悩み、苦しみ、さまざまな婿候補を考えてみるのですが、最後にはやはり、光源氏にもらってもらうのが、一番安心だというところに落ち着きます。朱雀院からの申し出を光源氏はどう受け止めるのか。物語は朱雀院の側の論理が至りつく過程と、光源氏が逡巡の末に女三宮を引き受ける過程を交互に描き出し、光源氏の六条院世界を揺るがしていく新たな要因としての女三宮登場を語っていきます。准太上天皇として待遇されることになった光源氏の新たな栄華とその凋落の予感をここに読み取ることができます。

第二十九回 若菜 上二わかな
女三宮降嫁が決まった翌年、光源氏は四十歳を迎えました。当時一般に四十歳からは老人の扱いとなり、長寿を祝う賀の行事が正月(玉鬘主催)を始めとして、十一月(紫上主催)、十二月(秋好中宮主催)、(冷泉帝主催)と何度も開かれ、必然的に老いを自覚しなければならないところに追い込まれていきます。その世の中の扱いに抗うように、その年の二月、光源氏は十四歳の女三宮を迎えました。息子たちと張り合って、若者たちすべてが憧れる女三宮を手に入れることで、光源氏は未だ現役の色好みであることをアピールしようとしたのです。しかし、当然のことながらそのような結婚はこれまでの光源氏世界を支えてきた紫上の立場を危うくします。より高位で、有力な、若き妻の出現によって、頼るべき子もいず、ひたすら光源氏の愛だけを頼りにしてきた紫上は傷つき、苦しみ、光源氏への不信感を募らせます。二人のすれ違いが六条院の世界を空洞化させていく様相をたどっていきます。

第三十回 若菜 上三わかな
四十賀の翌春、明石女御は春宮の第一皇子を出産しました。光源氏の栄華をさらに次の世代まで引き継ぐ慶事でありました。外祖父明石入道はその知らせを聞き、この世への執着を絶ち、山に寵もることを選択します。その遺した手紙を読み、明石尼君、明石御方、明石女御とともに、光源氏も涙しました。出産とその祝いが終わったころ、六条院春の町では、夕霧とその友人たちが集まって蹴鞠が行われました。満開の桜が散り乱れる中、行われた蹴鞠は荒々しく、若者の生気に溢れていました。おそらくこの春の町の寝殿で見物しているであろう女三宮の存在が、彼らの熱気に拍車をかけていたのです。女三宮の女房たちの御簾越しの気配も感じられる中、一匹の猫が御簾から飛び出し、首に付けられた紐によって御簾の隙間を作り出しました。その絶好の機会を捉えて女三宮の美しい立ち姿を垣間見したのは、夕霧と柏木の二人でありました。

第三十一回 若菜 下一わかな
四年が経過して東宮が即位、明石女御腹の皇子は東宮に立てられ、光源氏はこの一族の繁栄が明石入道の祈願の結果であることを知って、住吉大社に盛大なお礼参りを行いました。帝の姉となった女三宮も位が高くなり、紫上だけが将来への不安を押し隠して、六条院の平和を維持していましが、その平和もあっけなく崩れる時が来ました。朱雀院の五十賀のために、光源氏が女三宮に琴を教え、その伝授完了を祝って女楽の催しをした翌日、紫上が発病したのです。女楽に参加し、見事な技量を見せた紫上でしたが、緊張の糸が切れたように発病し、治療のために二条院に移ります。

第三十二回 若菜 下二 わかな 
人気のなくなった六条院にとり残された女三宮に蹴鞠の日の垣間見以来想いを燃やし続けてきた柏木が接近し、思いを遂げました。葵祭りの御楔の日でありました。柏木は女三宮の姉女を妻に迎えていましたが、女二宮に満足することはできなかったのです。その結果、女三宮は妊娠し、懐妊を不思議に思った光源氏は柏木の文を発見、真相を知ります。しかし、世間体を恐れて公表せず、ひそかに悩んでいました。密事発覚を知った女三宮も、柏木も怖れのあまり病に沈み、紫上も危篤状態を繰り返し、はかばかしく回復しませんでした。光源氏が行おうとした朱雀院五十賀は、こうした身内の病によって延引に次ぐ延引を重ね、十二月も押し詰まってようやく行われました。

第三十三回柏木かしわぎ
柏木は光源氏に睨まれたことに衝撃を受け、そのまま病の床に沈み、命さえあやうくなりました。女三宮は年が明けてすぐ出産し、男子を産みましだが、光源氏の冷たさに将来を悲観して出家を強く願うようになります。女三宮の容態が危ういことを聞いた朱雀院は駆けつけて、光源氏の反対を押し切って出家させてやります。これを知った柏木は一層絶望し、親友夕霧に光源氏への謝罪と妻女二宮の行く末を託して亡くなりました。柏木の両親・兄弟は激しくその死を嘆き、世間もその夭折を惜しみました。光源氏は薫の五十日の宴に、薫を抱きながら、その面差しに亡き柏木の面影を認め、息子を見ずに亡くなっていった柏木を哀悼し、太政大臣夫妻に同情します。この遺された子をいとおしんでやることで、みずからの犯した昔の密通の罪を償おうとしたのです。

第三十四回 横笛よこぶえ
柏木の遺言を受けた夕霧は光源氏にその内容を確かめてみたいと思いながら、その勇気もなく時を過ごしていましたが、ふとしたきっかけで、亡き柏木が夢枕に立って自分の子への執念を語りかけるのを聞きます。柏木未亡人の母一条御息所にもらった柏木遺愛の笛を吹きながらうたたねをした時のことでした。その笛を遺したい人は他にいると聞いて夕霧が思ったのは女三宮が産んだ薫のことでした。六条院でようすを窺い、ついに薫の顔を見た夕霧はその柏木そっくりであることに驚きます。夢の話を聞いた光源氏は、さしたる動揺も見せず、思うところがあると言ってその笛を預かってしまいましたが、本当の持ち主は誰か気になるところでありました。

第三十五回 鈴虫すずむし
蓮の花の盛りのころ、六条院で女三宮のための念持仏開眼供養が営まれました。若い盛りで髪を下ろしてしまった女三宮のために、できる限りのことをしてやりたいというのが光源氏の願いであり、紫上もそれに協力しました。秋になって鈴虫の鳴き声を聞きながら女三宮に対する捨て切れない思いを打ち明ける光源氏と、彼女のすれ違いに満ちた関係を八月十五夜の月はどこまでも明るく照らします。折から訪れた若君達と音楽の遊びをくりひろげた光源氏は、さらに冷泉院に呼ばれて、若者たちと共にその邸を訪問。互いに名乗れない父と子として月を眺めて感慨にふけるのでした。

第三十六回 夕霧ゆうぎり
夕霧の落葉宮への思いはつのるばかりでした。彼女の母一条御息所が病気治療のため、小野の里に移転すると、夕霧は小野まで訪ね、霧に塞がれてしまったことを口実に落葉宮の部屋で一夜を明してしまいます。御息所は心を痛め、この事態を切り開くべく、結婚の承諾の手紙を夕霧に出します。ところが、その手紙は妻雲居雁によって隠されてしまったため、手紙の返事が遅れる中、御息所は夕霧の訪れのないことを恨み、絶望して死に至ってしまったのです。夕霧をうとましいものと思った落葉宮は、ひたすら出家を望みますが周囲の反対で成し遂げられず、夕霧との不本意な結婚の待つ一条宮にいやいや戻らなければなりませんでした。

第三十七回 御法みのり
紫上は度重なる発作の後、少しずつ病の回復が遅れ、次第に病がちになっていきました。もはやこれまでと覚悟した紫上は最後の仕事として法華経千部の書写事業を完成させ、その供養を行います。その華やぎの中でひそかに参列者それぞれに別れを告げる紫上でありました。供養が終わると気力を失った紫上は夏の暑さに弱り、ようやく秋を迎えたころ、野分の風に露が消えるように息を引き取ります。光源氏はその亡骸を見つめながら激しく惑乱しました。

第三十八回 まぼろし
紫上を失った光源氏の動揺はどこまでも鎮まらず、年が明けても、呆然として人との対面もできず、もっぱら女房のみを相手として部屋に籠もり続けました。他の妻たちの存在も慰めにはならず、ひたすら紫上の思い出のみを追いかけて春・夏・秋が過ぎていきます。一周忌を越えても悲しみは癒えないまま、年末を迎えました。御仏名に初めて姿を現した光源氏の容貌はかつてと同じように美しかったのですが、年明けとともに出家しようと、身辺の整理を始めました。

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