「源氏語り五十四帖」

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第一回 桐壺 きりつぼ

源氏物語の始発の巻である『桐壷』巻。光源氏の父母である桐壺帝と桐壺更衣の悲恋は、身分や境遇を越えた激しい破滅的な愛として、その息子光源氏にも継承されていきます。世間の逆風を受け、世間に押しつぶされていった両親の愛のあり方は、その後の光源氏の生き方に大きな影響を与えます。

『帚木』巻より、「雨夜の品定め」は、十七歳となった光源氏が恋の冒険に乗り出そうとするそのきっかけともなった、男たちの女性評論の場面です。宮廷の雨の夜に繰り広げられる男たちの遠慮のない女性こきおろしの評を読みながら、なぜ光源氏の物語の始めに、これほど女性に辛辣な評が書かれるのかを見ていきます。今後の物語の展開にもつながる重要な場面です。

第二回 雨夜の品定め あまよのしなさだめ

第三回 空蝉 うつせみ

『帚木』巻の後半から『空蝉』巻にかけての物語です。年取った受領の後妻として暮らしていた、容貌も美しくない空蝉という女性が、なぜ光源氏の心をとらえたのか。空蝉の激しいプライドと、光源氏の若さがすれ違う緊迫した場面をお楽しみください。

第四回 夕顔 ゆうがお

夕闇の中に白く咲き、明け方には枯れてしまう夕顔の花のはかない印象は、この花の咲く五条の宿の謎の女性との関係を象徴しているようです。光源氏は宿の粗末なようすから、最初は侮って名前もなのらず、覆面で顔を隠したまま通い続けますが、次第に女のやさしい柔らかさに溺れていきます。「なにがし院」への恋の逃避行の果てに、思いもかけぬ結末が訪れます。光源氏若き日の無謀な恋のあやうさとそれゆえの戦(おのの)きをご堪能ください。

第五回 若紫 わかむらさき

有名な光源氏と紫上との出会いを語る巻です。光源氏が北山の僧坊で、藤壺生き写しの少女と出会い、その少女を奪うように強引に我が物にするまでのスリリングな展開は、藤壺との関係の危険な深まりと呼応・同調しています。父の妃藤壺と密通するというただでさえあってはならない関係に、さらに彼女が不義の子を宿すという深刻な事情が付け加わります。少女と光源氏の無垢な信頼関係は、その裏側に、苦悩に満ちた関係を揺影させているからこそ、一層切実に希求されなければならなかったのでしょう。

第六回 末摘花 すえつむはな

光源氏は不毛な愛の葛藤に苦しんでいたころ、実はもう一人女性を口説き続けていました。摘花です。常陸宮の姫君で、当時美人の第一条件とされていた髪が長くて美しい上に、琴(きん)という幻の楽器の名手、おまけにライバルの頭中将までこの姫君に夢中のようで、光源氏も負けてはいられません。苦労の挙げ句口説き落とした女性への落胆を鮮やかに語って、光源氏の恋の独り相撲の愚かさを浮かび上がらせる趣向となっています。

第七回 紅葉賀 もみじのが

光源氏の光り輝く頂点を描きあげた巻です。十八才の光源氏は桐壺帝の父帝の賀を祝って朱雀院で青海波を舞います。その容姿を物語はこの世のものとも見えない、ゆゆしく見える、輝くようだと繰り返し絶賛するのは、彼が藤壺と犯した密通の結果の皇子がこの巻で誕生することと関係があります。これほど美しい人のすることに、世俗の倫理はあてはまらないとつい思ってしまうような、鬼気迫る舞の姿だったのです。源氏物語の中でもっとも華やかで、かつ恐ろしいこの巻の緊迫と昂揚をお楽しみください。

第八回 花宴 はなのえん

源氏物語の中でもっとも幽艶な巻として知られます。二つの花の宴が描かれ、一つは桐壺帝主催の桜花の宴、もう一つは右大臣主催の藤花の宴です。退位を決意した桐壺帝主催の桜花の宴で光源氏はまたしても舞を舞って人々を感動させますが、『紅葉賀』の時のような生彩は欠けていました。桐壺帝が退位を決意して、人々が新しい体制に心を向け始めたからです。右大臣主催の藤花の宴はそのような時代の転換を印象づけるものでした。そうした暗い状況の中で、光源氏は東宮に入内が予定されていた右大臣の娘朧月夜との危険な関係に深入りしていきます。

第九回  あおい

朱雀帝の御世となり政治的に不遇をかこつ光源氏は女性たちとの関係も以前のようにうまくゆかなくなります。とりわけ不満を募らせていたのが誇り高い六条御息所で、特に彼女を傷つけたのが光源氏の正妻葵上との車争いでした。葵祭で屈辱的な扱いを受けた御息所は光源氏の子を身籠もった葵上に取りついてもののけとなっていると噂されました。息子夕霧を出産直後の葵上はもののけによって命を落とし、光源氏によって深く追悼されます。哀悼の長い時間が明けた後、光源氏は若紫の少女と密かに結ばれます。

第十回 賢木 さかき

光源氏をいつも庇護し続けてきてくれた父桐壺院が崩御。自由に権力をふるえるようになった帝の外祖父・右大臣の勢力は、これまでとは逆に、光源氏、左大臣勢力を庄倒し、左大臣は政界を引退してしまいます。やはり弘徽殿大后からいやがらせを受けていた藤壺は桐壺院の一周忌を期に出家してしまい、自暴自棄になった光源氏は、尚侍となった朧月夜との危険な逢瀬に溺れていきます。その密会が発覚し、弘徽殿大后にもその事実が知られると、事態は急速に悪化の途をたどります。

第十一回 須磨(花散里含む)すま・はなちるさと

官位を剥奪され、追放寸前の状況にあった光源氏は、罪名を付けられて正式の罪人になってしまう前に須磨に退去し、女性たちも連れず、わびしい隠遁生活を送ることで、謹慎の思いをあらわにしていました。琴を弾き、絵を措くことでつれづれを慰めながら、光源氏はひたすら仏道修行に熱中します。三月上巳の日、禊ぎのため海辺に出た光源氏一行は未曾有の大暴風におそわれ、その天候の荒ぶりは何日も続きました。この不吉な嵐の意味は一体なんなのか、不安と怯えの中にこの巻は終わります。

第十二回 明石 あかし

二週間も続いた嵐の後、落雷で邸も炎上した光源氏が疲労困憊してうたたねをすると夢に桐壺院があらわれ、そのお告げ通り光源氏が明石入道の舟に乗って明石に移った所で、物語は次第に明るい調子を取り戻します。入道とともに音楽を合奏し、つれづれを慰めた光源氏は、入道の娘明石君に惹かれ、やがて結婚します。田舎育ちとは思われない教養と奥ゆかしさに感嘆した光源氏が、次第に明石君に心を移していった頃、彼を都に呼び戻す宣旨が下され、光源氏は上京していきます。実は明石君はこの時すでに光源氏の子を妊んでいたのです。246

第十三回 澪標 みおつくし

実の息子冷泉帝の即位とともに、光源氏は内大臣の地位に付き、政治の実権を握ります。苦境から脱出できたことで住吉大社に盛大なお礼参りをしましたが、たまたまそこに来合わせた明石君は、かつてとはうってかわった彼の晴れ姿に、境遇の落差を感じ取り黙ってそこを立ち去ります。明石君にも、光源氏の忘れ形見の姫が生まれていたのですが、親子の対面は一体いつのことでしょうか。都では冷泉帝に頭中将の娘が入内し、兵部卿宮の中君も入内を噂されていますが、光源氏はひそかに藤壺と図って六条御息所の娘前斎宮の入内を推し進め外戚としても地歩を築いていこうとします。

第十四回 蓬生・関屋 よもぎう・せきや 

『蓬生』巻は末摘花物語の後日談です。光源氏の須磨流謫から都に帰った後も忘れられたままの末摘花の屋敷は荒廃の度を加えています。その境遇を侮った叔母大弐の北方は、彼女を自分の娘の女房として九州へ連れていこうと画策しますが、成功しません。父宮の霊の加護を信じてひたすら光源氏を待ち続ける末摘花のもとに、ある夜、ついに…。『関屋』巻は空蝉との後日談です。空蝉は夫の常陸介任官に従って常陸国に下向していましたが、光源氏の都復帰の翌年、常陸から帰京して、石山詣でに出かける光源氏一行と逢坂の関で偶然行き合い、互いに感慨に耽ります。

第十五回 絵合 えあわせ

光源氏はかねてよりの計画通り、藤壺の協力を得て前斎宮を入内させました。当初帝の愛は同じ年頃の弘徽殿女御(頭中将の娘)にありましたが、梅壺女御(前斎宮)に絵の才能のあることがわかると、絵の好きな帝は梅壺に入り浸りとなり、焦った頭中将は娘のもとに新作の絵巻を大量に集め、帝を取り戻そうとしたのです。光源氏も負けてはいられず、梅壺のもとに多くの絵巻を集め、妃の寵愛争いは、絵巻収集競争の態をなして、ついに一堂に集めてその優劣を決しようとするまでに至ったのです。

第十六回 松風 まつかぜ

光源氏は新造の二条東院にかつて関係した不幸な境遇の女性たちを迎え、一括してこれを世話しようとしました。しかし明石君親子はこうした待遇を望まず、大井にあった母方の祖父宮の別荘を改築して、そこに尼君、明石君、姫君の三人が移りました。大井に近い嵯峨御堂建築に言寄せて大井を訪れた光源氏は、姫君のかわいらしさに打たれ、再会を喜びましたが、同時に彼女を幼いうちに紫上のもとに引き取りたいと考えるようになります。

第十七回 薄雲 うすぐも

明石君は姫君を手放すことをためらいますが、尼君の説得もあって、ついに、娘の幸せを願って手放すことに。親しくなった乳母との別れさえ心細く、冬の訪れとともに、不安と寂しさが募っていきます。二条院の紫上に引き取られた姫君は最初こそ母を慕って泣いていましたが、やがて、紫上になついていきます。そのころ、流行病の最中に藤壺が亡くなり、光源氏は虚脱感に襲われ、一人で泣き暮らします。

第十八回 朝顔 あさがお

永遠の憧れの人藤壺を喪った後、光源氏はどうにも埋めようのない空洞感を抱えていました。その満たされない思いを埋めたのが、朝顔姫君への執着だったのです。若き日の光源氏はこの従姉妹にひそかに心を寄せていたのですが、姫君の拒絶によって、淡い友情にも似た交渉が続いてきました。父を失って心細い境遇となった姫君に光源氏の思いは募り、紫上の不安は的中します。朝顔に拒絶され、紫上のもとに戻った光源氏は雪の中で彼女と語らい、過去の女性たちとの交渉を振り返るのでした。

第十九回 少女 おとめ

母葵上亡き後、祖母大宮のもとで育てられた夕霧は、事情があってやはり大宮のもとで育てられていた頭中将の娘雲居雁と元服前から恋仲になっていたのですが、冷泉帝の中宮争いで光源氏方の梅壺女御に敗れた内大臣は、せめてこの残された娘に入内の希望を繋ごうとします。雲居雁がすでに夕霧の恋人となっていたことを女房の噂で知った内大臣は激怒し、二人を引き離し、彼女を自邸に引き取ってしまいます。一方、光源氏は、四季の自然を配し、女君たちを据えた六条院を建て、新たな体制作りに入っていきます。光源氏の方針で大学に入学させられた夕霧は、祖母大宮から引き離され、その六条院で勉学の日々を送ることになるのです。親たちの思惑によって引き離された年若い二人の恋はどうなるのか、第二世代の物語が新しい舞台に始まっていきます。

第二十回 玉鬘 たまかずら

なにがしの院で亡くなってしまった夕顔の遺児、玉鬘が長谷寺参詣の途中で発見される数奇な運命の物語です。夕顔の行方不明の後、玉鬘は夕顔の乳母一家に養われ、やがて乳母の夫の任国である九州に共に下って行きました。その地で乳母の夫が亡くなってしまうと、一家は九州に残ることを主張する者と、都に連れ帰ろうと考える者に分裂し、玉鬘一行はかろうじて土地の実力者の手を逃れ、上京します。しかし、都には何の手づるもなく、内大臣とは連絡がつきません。路頭に迷った一行が必死の願いを込めて行ったのが長谷参詣でした。その途次、玉鬘一行は偶然にも右近と再会します。右近は夕顔の女房で現在は光源氏付きの女房となっていたのです。この美しい姫君は果たして本当の父に会えるのか。その不思議ななりゆきをたどります。

第二十一回 初音・胡蝶 はつね・こちょう

新たに玉鬘を加えた六条院は新春の華やぎに満ちていました。光源氏・紫上を中心にした六条院の理想的な体制がスタートします。その中でひそかな不満を噛みしめるのは、近くに住みながら、娘、明石姫君に会うことを許されない明石の御方でした。娘にあてたせめて新春を言祝ぐお手紙くらい書いてくださいという手紙は、親子の仲を引き裂く光源氏体制への抗議でもあったのです。新春の男踏歌も行われ、玉鬘に惹かれた若い男たちのときめきが雪の中に渦巻きます。桜の盛りに、紫上は桜と山吹を折って胡蝶の姿をした童に持たせ、二艘の舟に乗せて隣の秋好中宮のもとに届けさせます。秋好中宮がかつて贈ってくれた美しい紅葉のお返しなのでした。そうした中で玉鬘は次第に六条院になじんでゆき、懸想文も多く集まります。ところが、光源氏自身が玉鬘に夢中になってしまい、二人の仲は緊張をはらんだものとなってゆきます。

第二十二回 蛍・常夏 ほたる・とこなつ

玉鬘への求婚者は、柏木・髭黒・兵部卿宮などたくさんですが、光源氏の弟で一番の親友である蛍兵部卿にぜひその美しい姿を見せたいと、光源氏は袖に包んだ蛍の光で玉鬘の姿をほのかに映し出します。玉鬘の評判に嫉妬した内大臣は、新たに近江君という落胤を迎えますが、この姫君の評判は今一つです。夏の暑い昼下がり、釣殿の上で交わされる世間話から、引き取られた姫君の芳しくない噂は広がっていきます。

第二十三回 篝火・野分 かがりび・のわき

初秋を迎え、抑えきれない恋心を訴える光源氏に、玉鬘も次第に惹かれていきます。玉鬘の官能的な美しさと、苦悩を篝火が照らしだします。その秋、六条院をかつてない大暴風が襲います。建物も、廊下も、庭の立木も草花も破られ、乱れる中で、夕霧は六条院の町町を見舞い、思いかけず義母紫上を垣間見、激しく心を揺すぶられます。それに味を占めたのか玉鬘と光源氏が馴れ馴れしく戯れるさまものぞき見し、父の秘密に深入りしてしまったような動揺に寝られぬ夜を過ごします。六条院の体制が新しい世代の台頭によって揺すぶりをかけられる場面と言っていいでしょう。

第二十四回 行幸・藤袴 みゆき・ふじばかま

光源氏は玉鬘に大原野行幸を見物させ、自分と瓜二つの冷泉帝に強く惹きつけられたのを見て満足します。冷泉帝ならば、光源氏の実子であり、愛着を感じ始めた玉鬘を譲るにふさわしい相手だったからです。尚侍としての冷泉帝出仕を決めた光源氏は、玉鬘の本来の父を、出仕に先立つ裳着の前に明らかにしようとします。大宮邸で玉鬘の素性を打ち明けられた内大臣は喜び、裳着の際の裳の腰を結ぶ役を引き受けるのでした。ところが、玉鬘を実の父に引き合わせるきっかけとなった大宮は、その後間もなく亡くなり、喪に服した玉鬘の姿を見て、同じく祖母大宮の喪に服していた夕霧は不覚にも動揺します。今まで姉妹だと思ってきた玉鬘へ抑えきれない思いを、夕霧は今更ながら実感し、告白するのでした。

第二十五回 真木柱 まきばしら

玉鬘の姫君が思いも寄らず、求婚者の中でもっとも無粋な髭黒と結婚することになりました。長年連れ添ってきた髭黒北の方は、式部卿宮の長女で生まれもよく子供も何人かできましたが、玉鬘に心奪われ、自邸に迎えようと必死になる髭黒の姿をみて我慢できず、ついに彼の頭の上から香炉の火を投げつける狂乱を演じるまでになってしまいます。父宮に引き取られて実家に戻ることになった北の方が娘を連れていこうとすると、父に可愛いがられていた娘は、父にも、この邸にも愛着があって、別れの歌を柱に書き付けていくのでした。

第二十六回 梅枝 うめがえ

明石姫君は十一歳で裳着をし、同じ年頃の東宮に入内することになりました。光源氏ははるか昔高麗人がさしあげた綾や香を取り出し、この時とばかりに豪華な嫁入りの準備をさせました。六条院のそれぞれの女房に加えて、光源氏自身も、朝顔姫君も香を合わせ、その香りを嗅ぎ分けて評価する香合わせの競技も行われました。さらに男君たちには、それぞれ工夫と特色のある「草紙」を書かせ、その書体と中身を観賞しながら、それぞれ人格と書の関係を論じる光源氏でありました。 

第二十七回 藤裏葉 ふじのうらば

強情を張っていた内大臣も、六年目についに折れて雲居雁に夕霧を正式に婿取ることとなりました。この日を待ち続けていた夕霧は、一家の人々に歓待される喜びを噛み締めるのでした。明石姫君の入内にあたっては紫上が付き添って入内しましたが、長く付き添い続けることは困難なので、明石御方に後見の役目を譲り渡し、明石はようやく娘の身近で生活できるようになりました。こうして子供たちの問題が片付いていく中で、光源氏の人望はさらに高まり、ついに准太上天皇の位を奉られるに至ります。息子の冷泉帝も六条院に行幸し、華やかな宴のうちに、ひそかに「父」への敬意を表そうとするのでした。 

第二十八回 若菜 上一 わかな 

朱雀院は六条院行幸の後、健康を害し、出家を望むようになりますが、心残りが二つありました。一つは最愛の妃朧月夜を残していくことへの懸念で、もう一つは母亡き娘として、もっとも寵愛してきた女三宮の将来への不安でありました。後見のないこの娘を、どうにかしっかりした夫の手に委ねたいと、朱雀院は悩み、苦しみ、さまざまな婿候補を考えてみるのですが、最後にはやはり、光源氏にもらってもらうのが、一番安心だというところに落ち着きます。朱雀院からの申し出を光源氏はどう受け止めるのか。物語は朱雀院の側の論理が至りつく過程と、光源氏が逡巡の末に女三宮を引き受ける過程を交互に描き出し、光源氏の六条院世界を揺るがしていく新たな要因としての女三宮登場を語っていきます。准太上天皇として待遇されることになった光源氏の新たな栄華とその凋落の予感をここに読み取ることができます。

第二十九回 若菜 上二 わかな 

女三宮降嫁が決まった翌年、光源氏は四十歳を迎えました。当時一般に四十歳からは老人の扱いとなり、長寿を祝う賀の行事が正月(玉鬘主催)を始めとして、十一月(紫上主催)、十二月(秋好中宮主催)、(冷泉帝主催)と何度も開かれ、必然的に老いを自覚しなければならないところに追い込まれていきます。その世の中の扱いに抗うように、その年の二月、光源氏は十四歳の女三宮を迎えました。息子たちと張り合って、若者たちすべてが憧れる女三宮を手に入れることで、光源氏は未だ現役の色好みであることをアピールしようとしたのです。しかし、当然のことながらそのような結婚はこれまでの光源氏世界を支えてきた紫上の立場を危うくします。より高位で、有力な、若き妻の出現によって、頼るべき子もいず、ひたすら光源氏の愛だけを頼りにしてきた紫上は傷つき、苦しみ、光源氏への不信感を募らせます。二人のすれ違いが六条院の世界を空洞化させていく様相をたどっていきます。 

第三十回 若菜 上三 わかな 

四十賀の翌春、明石女御は春宮の第一皇子を出産しました。光源氏の栄華をさらに次の世代まで引き継ぐ慶事でありました。外祖父明石入道はその知らせを聞き、この世への執着を絶ち、山に寵もることを選択します。その遺した手紙を読み、明石尼君、明石御方、明石女御とともに、光源氏も涙しました。出産とその祝いが終わったころ、六条院春の町では、夕霧とその友人たちが集まって蹴鞠が行われました。満開の桜が散り乱れる中、行われた蹴鞠は荒々しく、若者の生気に溢れていました。おそらくこの春の町の寝殿で見物しているであろう女三宮の存在が、彼らの熱気に拍車をかけていたのです。女三宮の女房たちの御簾越しの気配も感じられる中、一匹の猫が御簾から飛び出し、首に付けられた紐によって御簾の隙間を作り出しました。その絶好の機会を捉えて女三宮の美しい立ち姿を垣間見したのは、夕霧と柏木の二人でありました。

第三十一回 若菜 下一 わかな

 四年が経過して東宮が即位、明石女御腹の皇子は東宮に立てられ、光源氏はこの一族の繁栄が明石入道の祈願の結果であることを知って、住吉大社に盛大なお礼参りを行いました。帝の姉となった女三宮も位が高くなり、紫上だけが将来への不安を押し隠して、六条院の平和を維持していましが、その平和もあっけなく崩れる時が来ました。朱雀院の五十賀のために、光源氏が女三宮に琴を教え、その伝授完了を祝って女楽の催しをした翌日、紫上が発病したのです。女楽に参加し、見事な技量を見せた紫上でしたが、緊張の糸が切れたように発病し、治療のために二条院に移ります。

第三十二回 若菜 下二 わかな 

人気のなくなった六条院にとり残された女三宮に蹴鞠の日の垣間見以来想いを燃やし続けてきた柏木が接近し、思いを遂げました。葵祭りの御楔の日でありました。柏木は女三宮の姉女を妻に迎えていましたが、女二宮に満足することはできなかったのです。その結果、女三宮は妊娠し、懐妊を不思議に思った光源氏は柏木の文を発見、真相を知ります。しかし、世間体を恐れて公表せず、ひそかに悩んでいました。密事発覚を知った女三宮も、柏木も怖れのあまり病に沈み、紫上も危篤状態を繰り返し、はかばかしく回復しませんでした。光源氏が行おうとした朱雀院五十賀は、こうした身内の病によって延引に次ぐ延引を重ね、十二月も押し詰まってようやく行われました。

第三十三回 柏木 かしわぎ

柏木は光源氏に睨まれたことに衝撃を受け、そのまま病の床に沈み、命さえあやうくなりました。女三宮は年が明けてすぐ出産し、男子を産みましだが、光源氏の冷たさに将来を悲観して出家を強く願うようになります。女三宮の容態が危ういことを聞いた朱雀院は駆けつけて、光源氏の反対を押し切って出家させてやります。これを知った柏木は一層絶望し、親友夕霧に光源氏への謝罪と妻女二宮の行く末を託して亡くなりました。柏木の両親・兄弟は激しくその死を嘆き、世間もその夭折を惜しみました。光源氏は薫の五十日の宴に、薫を抱きながら、その面差しに亡き柏木の面影を認め、息子を見ずに亡くなっていった柏木を哀悼し、太政大臣夫妻に同情します。この遺された子をいとおしんでやることで、みずからの犯した昔の密通の罪を償おうとしたのです。

第三十四回 横笛 よこぶえ

柏木の遺言を受けた夕霧は光源氏にその内容を確かめてみたいと思いながら、その勇気もなく時を過ごしていましたが、ふとしたきっかけで、亡き柏木が夢枕に立って自分の子への執念を語りかけるのを聞きます。柏木未亡人の母一条御息所にもらった柏木遺愛の笛を吹きながらうたたねをした時のことでした。その笛を遺したい人は他にいると聞いて夕霧が思ったのは女三宮が産んだ薫のことでした。六条院でようすを窺い、ついに薫の顔を見た夕霧はその柏木そっくりであることに驚きます。夢の話を聞いた光源氏は、さしたる動揺も見せず、思うところがあると言ってその笛を預かってしまいましたが、本当の持ち主は誰か気になるところでありました。

第三十五回 鈴虫 すずむし

蓮の花の盛りのころ、六条院で女三宮のための念持仏開眼供養が営まれました。若い盛りで髪を下ろしてしまった女三宮のために、できる限りのことをしてやりたいというのが光源氏の願いであり、紫上もそれに協力しました。秋になって鈴虫の鳴き声を聞きながら女三宮に対する捨て切れない思いを打ち明ける光源氏と、彼女のすれ違いに満ちた関係を八月十五夜の月はどこまでも明るく照らします。折から訪れた若君達と音楽の遊びをくりひろげた光源氏は、さらに冷泉院に呼ばれて、若者たちと共にその邸を訪問。互いに名乗れない父と子として月を眺めて感慨にふけるのでした。

第三十六回 夕霧 ゆうぎり

夕霧の落葉宮への思いはつのるばかりでした。彼女の母一条御息所が病気治療のため、小野の里に移転すると、夕霧は小野まで訪ね、霧に塞がれてしまったことを口実に落葉宮の部屋で一夜を明してしまいます。御息所は心を痛め、この事態を切り開くべく、結婚の承諾の手紙を夕霧に出します。ところが、その手紙は妻雲居雁によって隠されてしまったため、手紙の返事が遅れる中、御息所は夕霧の訪れのないことを恨み、絶望して死に至ってしまったのです。夕霧をうとましいものと思った落葉宮は、ひたすら出家を望みますが周囲の反対で成し遂げられず、夕霧との不本意な結婚の待つ一条宮にいやいや戻らなければなりませんでした。

第三十七回 御法 みのり

紫上は度重なる発作の後、少しずつ病の回復が遅れ、次第に病がちになっていきました。もはやこれまでと覚悟した紫上は最後の仕事として法華経千部の書写事業を完成させ、その供養を行います。その華やぎの中でひそかに参列者それぞれに別れを告げる紫上でありました。供養が終わると気力を失った紫上は夏の暑さに弱り、ようやく秋を迎えたころ、野分の風に露が消えるように息を引き取ります。光源氏はその亡骸を見つめながら激しく惑乱しました。

第三十八回  まぼろし

紫上を失った光源氏の動揺はどこまでも鎮まらず、年が明けても、呆然として人との対面もできず、もっぱら女房のみを相手として部屋に籠もり続けました。他の妻たちの存在も慰めにはならず、ひたすら紫上の思い出のみを追いかけて春・夏・秋が過ぎていきます。一周忌を越えても悲しみは癒えないまま、年末を迎えました。御仏名に初めて姿を現した光源氏の容貌はかつてと同じように美しかったのですが、年明けとともに出家しようと、身辺の整理を始めました。 

第三十九回 雲隠 くもがくれ

この巻は、古来巻の名前だけあって、本文はありません。光源氏がどのように出家したのか、その臨終(雲隠)はどうだったのかは一切が読者の想像に委ねられます。

第四十回 匂宮・紅梅 におうみや・こうばい

光源氏亡き後、その子孫には光源氏ほどの輝きを持った方はいらっしゃらなかったと、匂宮の冒頭は語ります。それほど偉大な人物を失った虚脱感は大きかったのです。その後に続く者として、匂宮と薫はそれぞれ人気を集めていますが、匂宮には誠実さが、薫には華が足りません。出生の秘密を抱える薫は女性に積極的になれず、対照的に匂宮は極端に色好みで移り気です。その匂宮が柏木の弟紅梅大納言の宮の御方に惹かれる物語を描いたのが『紅梅』巻です。父大納言は、二番目の姫君の婿に匂宮を迎えたいと思っていました。ところが、匂宮は、話題に登らない北の方のつれ子(蛍宮の娘)宮の御方に惹かれて、このあやにくな恋に夢中になりそうな気配だったのです。

第四十一回 竹河 たけかわ

関白髭黒が亡くなった後、玉鬘は残された二人の息子と二人の娘を抱え、息子たちの出世や娘たちの処遇に頭を悩ませていました。長女はとりわけ美しかったので入内を勧められていたのですが、玉鬘は若き日の冷泉帝への憧れを思い出して、冷泉院に入内させてしまいます。幸い、院の寵愛は深かったのですが、そのことがかえって、周囲のお妃たちの嫉妬を呼んで長女は苦労の多い宮仕えの生活を送ります。この結婚に不満を抱かれた帝には妹中君を尚侍として替わりにさしあげて、寵愛を獲得します。美しかった姉よりも妹の方が幸せを獲得するなりゆきに、わりきれないものを感ずる娘の母とのすれ違いを、薫の長女への片思いとともに語ります。

第四十二回 橋姫 はしひめ

不遇の皇子八宮の一生から説き起こされた続編「宇治十帖」の幕開けです。光源氏の弟八宮は政治的に不遇で、北の方も失い、都の邸も火事で失って宇治の別荘に残された娘二人と住んでいました。その八宮のもとに、薫が仏道修行のためにしきりと訪れるようになったのです。薫はふとしたことで八宮の二人の姫君が音楽を合奏しているところを覗き見、彼女たちに惹かれてしまいます。さらにこの邸には薫の出生の秘密を知り、柏木の遺言を所持する弁君もいることを知らされると、その秘密を守るためにも、姫君たちの一人を妻としたいと考え始めます。特に考え深い大君に惹かれた薫は、大君との結婚を夢見て、以前よりも頻繁に宇治を訪れ始めます。

第四十三回 椎本 しいがもと

死期の近いのを感じた八宮は、残されることになる二人の姫君たちを心配し、薫に二人のことを託していきました。しかし真面目人間の薫には、姫君の一人の婿になってほしいとまでは言い出せず、娘を委ねたい素振りを見せたのであったのですが、娘たちには、いい加減な男と結婚して宇治を離れてはいけないとだけ言い置いて字治山で発病し、そこで亡くなってしまいます。

第四十四回 総角 一 あげまき

 八宮の死後、姫君たちは身を縮めるように生きていましたが、援助者であるはずの薫の行動には変化が見られます。八宮の一周忌近くに訪れた際に、薫は強引に応対に出た大君を口説き明かしたのです。以後姫君たちは警戒を強めますが、薫は繰り返し大君に迫り、中君とも一夜を語らい明かすこととなります。大君との関係が進捗しないのをあせった薫は、匂宮を導いて強引に中君と結婚させてしまいます。

第四十五回 総角 二 あげまき

 匂宮と中君はその発端から波乱含みでした。明石中宮がこの結婚に反対で匂宮はなかなか宇治へ行けません。男の心変わりと受け止めた大君は中君以上に悲観し、絶望のあまり生きる気力を失い、物を食べなくなります。大君の容態の急変に気づいた薫はそのまま宇治に残り、付き添って看病を続けますが、その甲斐なく大君は亡くなってしまいます。大君の透明で凄絶な死が印象的な宇治十帖前半のクライマックスです。

第四十六回 早蕨 さわらび

 大君が亡くなった翌年春、取り残された中君のもとに阿闍梨のもとから早春の山菜が届けられます。八宮生前からの慣例でした。中君は匂宮のいる二条院に引き取られることがにわかに決まり、女房たちはその準備に浮き立っていますが、薫から大量に送られてきた移転のための衣装や布地を見るにつけ、中君の心は複雑でした。

第四十七回 宿木 一 やどりぎ

大君への思いを引きずる薫に思いがけない縁談が起こります。帝が母藤壺女御を亡くしたばかりの女二宮の婿に薫を考え始めたのです。その結果、夕霧は娘六君の婿を匂宮一本にしぼり、明石中宮の賛成も得て、強引に婚姻を承諾させます。勢力のある六君との結婚を知って中君は激しく動揺し、宇治を離れたことを後悔、薫に宇治への同伴を望むようになります。

第四十八回 宿木 二 やどりぎ

実は中君は匂宮の子を妊娠しており、それゆえにまた悩みも深かったのです。薫の異常接近に気づいた匂宮は激しく嫉妬し、中君は異母妹浮舟の存在を薫に教え、その執着をそらそうとしました。中君はやがて匂宮の王子を出産し、その翌日薫も女二宮と結婚。その晴れやかな儀式の座にあっても、薫は宇治のことを忘れず、大君の身代わりを宇治に据えたいと願い続けていたのです。

第四十九回 東屋 あずまや

 浮舟の母中将の君は、左近少将を浮舟の婿に選び、婿取りの準備を進めていました。ところが常陸介の経済力をあてにしていた少将は結婚当日に実子(浮舟の妹)に乗り換えてしまいます。居場所のなくなった浮舟は二条院の中君の元に身を寄せますが、ここで匂宮に発見され、あやういところで匂宮の手を逃れた浮舟は、三条小家で薫と結ばれ、翌朝車で宇治に移されました。

第五十回 浮舟 一 うきふね

浮舟が薫によって宇治に囲われているらしいことを突き止めた匂宮は宇治を訪れ、彼のふりをして浮舟と結ばれ、さびしい日々を過ごしていた浮舟の心をその情熱で奪い取ってしまいました。宇治を訪れた薫は浮舟の変化に女としての成長を感じ取るばかりでした。匂宮は雪の中、浮舟を対岸の別荘に連れ出し、耽溺の二日を過ごします。

第五十一回 浮舟 二 うきふね

 匂宮に強く惹かれた浮舟の元に、薫から京へ迎えようとする意向が知らされました。それを知った匂宮は一足早く浮舟を京に迎える算段を整えます。どちらを選ぶべきか迷う浮舟に対し、母や乳母はひたすら薫の京引き取りを待ち、その準備に余念がありません。やがて薫も匂宮と浮舟の関係に気づき、絶望した浮舟は三角関係を解消するために入水しようと決意したのです。

第五十二回 蜻蛉 かげろう

 浮舟は入水したのではないかと誰もが嘆き悲しむ中、母も宇治へ到着し、亡骸のないまま葬儀が行われました。匂宮は衝撃のあまり病の床に伏しましたが、薫はすぐには宇治を訪れませんでした。ようやく宇治を訪れた薫は浮舟のようすを聞き涙に暮れ、匂宮も浮舟の女房を呼び寄せ、真相を聞きました。共に浮舟の死を悲しんだ二人でしたが、やがて匂宮は都の女性に心を移し、薫だけが浮舟のことを忘れず偲び続けていました。

第五十三回 手習 てならい

 入水したと思われた浮舟は大木の根本で記憶喪失状態で発見されました。発見したのは、横川の僧都・母尼・妹尼の一行でした。妹尼は亡くなった娘の身代わりと喜んで浮舟の世話をします。三カ月ぶりに小野山荘で意識を取り戻した浮舟は過去のことを思い出し、もう二度と板ばさみに戻りたくないと、横川の僧都に頼んで出家してしまいます。

第五十四回 夢浮橋 ゆめのうきはし  横川の僧都の噂話から、浮舟らしい女のことを聞きつけた薫は、比叡山に登って横川の僧都に会い、浮舟発見から出家に至る経緯を聞き出しました。薫は僧都に浮舟との関係を告白し、面会を求めました。僧都も苦慮しながら浮舟あてに手紙を書き、還俗して薫ともう一度やり直すことを勧めたのですが、浮舟はそれに答えようとしないまま、薫からの手紙にも背を向けるのでした

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