『枕草子』は、10世紀の終わりから11世紀の始めにかけて成立した不思議な作品です。歌枕のような地名、辞書的な項目、ひねりの利いた皮肉な分類、宮廷女房日記的なもの。内容は多彩ですが、いずれも中宮定子の女房としての価値観と美意識を背景とした、ユニークな文章の集成となっています。
本講座は、フェリス女学院大学名誉教授・三田村雅子先生が、「歴史そのままと歴史離れ」という視点から、『枕草子』が書こうとした歴史と、他の史料から想定される事実との落差を全15回でたどるオンライン講座です。

- 講座名
- 《日本古典への招待》『枕草子-歴史そのままと歴史離れ-』
- 講師
- 三田村雅子(国文学者・フェリス女学院大学名誉教授)
- 構成
- 全15回(前半 第1回〜第7回/後半 第8回〜第15回)
- 総再生時間
- 約21時間26分
- 受講方法
- ストリーミング配信。パソコン・スマートフォン・タブレットで、いつでも何度でも受講いただけます。
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講師からのことば
『枕草子』は10世紀の終わりから11世紀の始めにかけて成立した不思議な作品です。内容は歌枕のような地名、辞書的な項目、ひねりの利いた皮肉な分類、宮廷女房日記的なものと、多彩ですが、いずれも、中宮定子の女房としての価値観と美意識を背景としたユニークな文章の集成となっています。
今回は、『枕草子』の宮廷日記的な側面に焦点をあてながら、『枕草子』が書こうとした歴史と、他の歴史資料によって想定される事実との落差、隔たりを取り上げ、『枕草子』がいかに、歴史的事実に背き、抗い、独自の世界を構築していったのかを見ていきます。
そのことで、『枕草子』が描こうとした世界の本質を明らかにし、当時の読者にもたらした影響も考えます。『源氏物語』の登場の10年ほど前に登場したこの『枕草子』という作品がどのように享受され、どのような波及効果を生み出したか。それが後々までどのように受け止められてきたかも併せて考えていこうと思います。
三田村雅子
全15回の講義内容
前半講座 第1回〜第7回
第一回「あとがき」から読む『枕草子』約1時間25分
『枕草子』は中宮定子に奉られた「草子」(ノートブック)に書かれた「歌枕」(歌を詠むための知識集)から始まったと言われます。その執筆の経緯を作者自ら語っているのが跋文(あとがき)と呼ばれる一文です。ここには『枕草子』の執筆の契機、草子の下賜、題号の由来、執筆内容、読者意識、執筆時期、流布の経緯など、重要な情報がたくさん述べられています。その文章を解読し、歴史的な出来事として整理することで、何が見えてくるのか考えていきます。
第二回「春はあけぼの」―「〜は」型章段の行方約1時間37分
『枕草子』の初段「春はあけぼの」を読み、その描き出した世界を紹介しながら、この章段の新しさと魅力を味わいます。さらに「春はあけぼの」のように、「〜は」という章段題のもとに答えが一つしかない理由はなぜか、その意味を考えてみます。『枕草子』がみなの共通理解に埋没していた段階から、特別な、ひとりだけの叙述に向かう過程を、「花の木ならぬは」「木の花は」の章段と比べながら考察する回です。
第三回「〜もの」型章段の逸脱約1時間31分
「〜は」章段は、題にあたる事項の範囲内の類聚でしたが、「〜もの」の章段は、ジャンル枠の中に入らない、はみ出しものの感覚を扱います。「春はあけぼの」の最後の「冬は」が「わろし」で終わったように、本来「をかしく」「めでたき」ものを集めるはずだった『枕草子』は、逸脱につぐ逸脱で、思いもかけない「はみだしもの」の感覚を取り上げます。快の章段よりも不快な章段に偏って集成された「〜もの」章段の意味を、「すさまじきもの」「あはれなるもの」から考えます。
第四回積善寺供養段の桜約1時間32分
積善寺供養の段は『枕草子』最長の段で、中関白家の栄華の頂点を表す派手にして豪華な章段です。宮仕え三か月後の新人であった清少納言がどのように活躍し、主家の信頼を得ていくか。朋輩の嫉妬を乗り越えて、どのように認められていくかを追いながら、法会という場がいかに人々の心を集約する重要な場となっているかを明らかにしていきます。また、「桜」の造花の意味、「光」の描き方、「雨」の意味など、『枕草子』という作品の特別な描き方にも注目します。
第五回清涼殿の桜と疫病約1時間27分
「清涼殿の丑寅の隅の」の章段は、積善寺供養の段の一か月後の出来事です。ここでは、日の光が輝き、桜は爛漫と咲き乱れますが、この出来事を永遠の出来事として保存したいという思いが強調されます。これは栄華の記憶が失われてしまった後に、回想された章段だったからでしょう。「花を見れば物思いなどない」と繰り返されたひたすらな明るさの印象が、疫病流行のさなか、中関白家の揺らぎの中で記し留められた意味を考えていきます。
第六回「淑景舎東宮に」段の輝き約1時間32分
「清涼殿の丑寅の隅」段の翌年、関白道隆は次女原子を皇太子に入内させます。入内した次女と長女・中宮定子との対面場面は、「めでたからぬことなし」と捉えられますが、実はこの時道隆は前年暮以来の病に侵され、関白の位も辞表を提出中で、引退覚悟の状況にありました。追い詰められた一家の最後の輝きはどのように描かれたか、差し迫った危機はどのように表現されているのかを見ていきましょう。
第七回「関白殿黒戸より」に見られる道隆退場約1時間07分
「淑景舎東宮に」段の二か月後、道隆は四十三歳で世を去ります。そこから中関白家の崩壊は始まっていくのですが、その大きな変動を『枕草子』はどのように描いていくのか。興味深い展開を見せる「関白殿、黒戸より」の段と、「ねたきもの」の段の裁縫の記事から、『枕草子』に特有な「空白」設定の問題——もっとも重要な話題はスキップして、その前後だけを強調する書き方の問題——を考えていきます。
後半講座 第8回〜第15回
第八回「草の庵」段の噂話伝播約1時間12分
道隆の亡くなる少し前、その重態が明らかになったころから、『枕草子』は宮廷の中の世論の動きに敏感になっていきます。圧倒的権力にバックアップされた状況から、心細い境遇に陥った現状を見据えながら、『枕草子』は、中宮定子の側近として、宮廷社会に常に話題を提供する、明るい話題の供給源として自覚を深めていきます。『枕草子』が「語り」の文芸として変貌していく過程を、有名な「草の庵」の章段を読むことで明らかにしていきましょう。
第九回「かへる年の二月二十余日」段の空間分割約1時間16分
「草の庵」の段は清少納言の良き理解者であった藤原斉信との仲違いと和解をめぐるドラマでしたが、その一年後の二月を描く「かへる年の」の章段では、清少納言は二人の間に超えられない一線があることを自覚します。なぜ、そのような距離が生じてしまったかを考えると、背景の政治の激変を考えざるをえません。長徳の政変で道長方についた斉信と、定子に仕える清少納言の埋めがたい距離をめぐって、『枕草子』は象徴的なある一日を描き出します。
第十回「殿などおはしまさで後」の政治情勢約1時間11分
道隆の病と死、それに続く激動の中で、清少納言もその忠誠心を疑われ、孤立し、多くの友人・知人を失いました。苦しい状況の中で、邸も焼かれ、誰からも庇護を受けられない苦悩の中で、どのように清少納言の宮仕え復帰が叶ったのか。定子からの「紙」の再度の贈与、「畳」の贈与、「山吹の花びら」の贈与によって、定子から寄せられたほぼ「無言」の信頼の証しによって、清少納言が宮仕えに復帰する決断を示すまでを追っていきます。
第十一回「ほととぎす探訪」段の郊外約1時間39分
定子は二条宮を焼け出されてしばらくは伯父・高階明順の家に身を寄せていたのですが、やがて内裏に近接する職御曹司に迎えられます。その職御曹司での徒然の生活の中で、積極的に外の自然や景物に関心の幅をふやしていくさまを読みます。五月五日になると鳴き始めると言われたほととぎすの初音を求めて、郊外歩きに乗り出していく心のはずみを、『枕草子』の新しい変貌と展開として読んでいきます。
第十二回「雪山」段の時間と空間約1時間35分
中宮定子はこの職御曹司に三年滞在しますが、その間、天皇とは会えない日々をすごしていました。乞食尼のような存在も出入りする寂しい境遇でした。中宮の命令で降り積もった雪を大きな雪山に作って、いつまで長持ちするかの賭けに熱中したのも、寂しい境遇のせいでしょう。しかし、賭けをめぐる清少納言の熱中は周囲の共感を呼ばず、微妙な孤立が明らかになります。職御曹司の日々の終わりと重ねられる雪山の日記の意味を考えていきましょう。
第十三回「大進生昌が家に」段の「門」約1時間30分
中宮定子は再び宮中に入りますが、内裏が火災に遭ったこともあって、定子の宮中復帰は歓迎されず、再び天皇の御子を身籠っても、周囲の冷たさは変わりません。出産のために平生昌の家に里下がりをした場面を描く「大進生昌が家に」段では、宮中の嫌がらせや批判が高まって、とりわけ、生昌の家の「門」が中宮御所たる格式を備えていなかったことが問題とされたのです。『枕草子』はこの「門」にまつわる世間の非難をどう描いたか。具体的に見ていきましょう。
第十四回「翁丸」段の猫と翁丸追放約1時間17分
翁丸の段は定子の生前最後の日々を描く章段です。第一皇子も生まれ、さらにまた身籠っている定子ですが、道長の長女彰子が入内し、定子は皇后に棚上げされ、彰子が中宮となって、圧倒されています。そのような日々に皇后の心を支えたのは翁丸という犬の存在でした。この段は帝の猫溺愛に端を発した翁丸追放劇と、それに心を痛めた皇后定子周辺の受け止め方を語り、犬と猫の話がひそかに過去の伊周追放劇を呼び起こしていくさまを語っていきます。
第十五回定子の死と『枕草子』の流通約1時間35分
皇后定子は媄子内親王出産直後に命を落としました。二十五歳の生涯でした。その死の前後には帝の母・東三条院詮子も危篤に陥り、物の気が出たということで、宮廷世界には動揺が広がりました。物の気が取りついたのは詮子と道長だったのですから、定子の恨みも深かったのでしょう。残された帝の悲しみ、兄弟たちの悲しみには激しいものがあり、定子追悼への思いも一気に高まっていきます。そのような空気感の中で、『枕草子』の執筆は続けられていったのです。執筆の意図と読者、流布のありかたを改めて考えてみましょう。
講師紹介

三田村雅子みたむら・まさこ
国文学者・フェリス女学院大学名誉教授
早稲田大学大学院卒業。上智大学教授、フェリス女学院大学教授を経て現職。『源氏物語』と『枕草子』を主な専門とし、幅広い観点から古典文学を捉える。NHK教育テレビの高校講座「古典への招待」で長年講師を務めた。2025年には宮内庁の「歌会始」に召人として招かれる。
著書『源氏物語 感覚の論理』『枕草子 表現の論理』(有精堂)、『源氏物語絵巻の謎を読み解く』(三谷邦明との共著・角川選書)、『天皇になれなかった皇子のものがたり』(新潮社・とんぼの本)、『NHK「100分de名著」ブックス 紫式部 源氏物語』(NHK出版)ほか多数。
あわせてご覧ください
- オーディオブック版が audiobook.jp で配信中本講座の音声版です。移動中や家事のあいだにも、耳から受講いただけます。
- 「収録を終えて」講師のことば #005 『枕草子』収録を終えた三田村先生による書き下ろしの寄稿文です。
- 《日本古典への招待》『源氏物語』同じ三田村先生による『源氏物語』講座。『枕草子』の10年ほど後に登場した物語です。
- 「恩師と私」#004 大学非常勤講師 高橋汐子「三田村雅子先生と「源氏物語」への道―テクストに輝きを―」。
