「収録を終えて」 講師のことば

『平家物語』 千葉大学名誉教授 栃木孝惟

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『平家物語』 千葉大学名誉教授

栃木孝惟

収録を終えて

日本古典の講義の動画化という試みは、各キャンパスの中に閉ざされていた「講義」を、JPオンライン講座の案内文にも掲示されているように、「いつでも、どこでも、だれでも、さらには何度でも」学び、学び直すことを可能にする視聴覚媒体に基づく日本古典の普及事業として今日的な意義を持つ試みであった。日本古典の講義を広く開く試みと言ってもよいであろうか。

日本文学を専攻する学生として大学で学び、いつか日本古典文学の研究者、さらには、教壇に立つ身となった者にとって、「講義」は「演習」という授業形態と共にもっとも慣れ親しんできた、かつ重要な大学教育の支柱となるものであったが、この「講義」の難しさは、半世紀を超える経験を積み重ねても困難な思いは消えない。長い講義生活の中で満足のいく講義がどれほどあっただろうか。十指を越えることはない。

このたび講義の動画化のお申し出を受けるに際しては、相当の勇気を必要とした。両三度ご辞退を申し上げた逡巡に、その気持ちが自ずから表れたが、一方で「講義」の難しさを真摯に考える時、「講義」の難しさを思うならば、「講義」を開き、講義そのものを自他の検討対象として広く社会に供することは、それも講義の動画化という企画の持つもう一つの意義にもなるのではないか、そんな思いも生まれた。

初めて自己の講義する姿とその「講義」を客体として対象化し、つぶさに見つめた時、漠然と抱いていた講義する自己の像のイメージが実態とかなり隔たりのあることに驚かされた。講義の動画化は私自身にとって、何よりもよい勉強の素材となった。収録を終えた今は、この企画を立て、逡巡する私の背中を強く押し、貴重な経験をさせていただいたJP中西俊作会長に御礼を申し上げると共に、収録を支えて下さった早川一登ディレクター、また収録と私の不用意な誤りの修正にご努力をいただいた技術者の方々、そして資料の作成始め収録の万般にわたって格別のお世話をいただいたJP米丸淳一氏、同じく収録に際しこまやかなお心配りをいただいた瀧田まさ子氏にも感謝の思いを記させていただく。有難うございました。