『万葉集』は、現存するわが国最古の歌集です。二十巻からなり、約四五〇〇首の和歌が収められています。いまから一三〇〇年ほど前に作られたとされ、そこには奈良時代の宮廷文化を背景とする世界が展開されています。
本講座は、東京大学名誉教授・多田一臣先生が、『万葉集』の概要から説き起こし、額田王・柿本人麻呂・山上憶良・大伴家持といった主要歌人の作に焦点を当てながら、全15回でその全容を読み解くオンライン講座です。

- 講座名
- 《日本古典への招待》『万葉集』
- 講師
- 多田一臣(国文学者・東京大学名誉教授)
- 構成
- 全15回(前半 第1回〜第7回/後半 第8回〜第15回)
- 総再生時間
- 約18時間32分
- 受講方法
- ストリーミング配信。パソコン・スマートフォン・タブレットで、いつでも何度でも受講いただけます。
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講師からのことば
『万葉集』は、現存するわが国最古の歌集で、二〇巻からなり、約四五〇〇首ほどの和歌が収められています。いまから一三〇〇年ほど前に作られたとされます。
『万葉集』には、奈良時代の宮廷文化を背景とする世界が展開されています。当時の宮廷文化は、私たちが想像する以上に高度な洗練を見せており、また時として猥雑さを帯びていたりもします。言い換えるなら、実に多様なありかたをうかがうことができます。
この講座では、まずは『万葉集』の概要についてお話をし、その上で、時代の流れに沿いつつ、主要な歌人の作に焦点を当ててみたいと思っております。この講座を御視聴いただくことで、『万葉集』の世界の全容を理解していただけるはずです。
多田一臣
全15回の講義内容
前半講座 第1回〜第7回
第一回『万葉集』とはどんな作品なのか約1時間12分
『万葉集』がどのような作品であったのかをながめていきます。まずは成立の事情のあらましについて触れ、さらにその和歌の分類方法、いわゆる三大部立とされる雑歌・相聞・挽歌とは何を意味するのかについて考えていきます。古代の人びとが、死をどのように捉えていたかについてもお話しします。その上で、寄物陳思歌などのありように触れ、古代の和歌の表現構造の本質がどこにあったのかについて考えたいと思います。
第二回額田王 初期万葉の時代約1時間21分
万葉の夜明けともいうべき時代、それを一般に初期万葉の時代と呼んでいます。その時代を代表する歌人が、額田王でありました。額田王は、それまでの呪術的な世界とつよく結びついていた歌を、そこから切り離し、宮廷詩、つまり宮廷の和歌としての新たな性格を与えました。和歌の歴史において、きわめて重要な役割を果たした歌人といえます。その代表作である「近江遷都の歌」「春秋判別歌」などを、丹念に読み解いていきます。
第三回柿本人麻呂①約1時間07分
柿本人麻呂は、『万葉集』最大の歌人といえます。和歌の歴史の中で人麻呂の果たした役割はさまざまにありますが、とりわけ長歌の様式を完成させたことが重要です。一方、人麻呂の実像は謎に包まれており、その存在は伝説化されてもいます。人麻呂の終焉の歌の中にその伝説化の一端を探り、さらには壬申の乱で廃墟と化した近江京への鎮魂の意味を込めて歌われた「近江荒都歌」を取り上げ、その背後の事情とともに詳しくお話しします。
第四回柿本人麻呂②約1時間14分
柿本人麻呂の活躍した時期は、持統天皇の時代とほぼ重なります。人麻呂は、宮廷歌人として、持統天皇の意を受けた作を数多く作っています。持統天皇の最大の政治的課題は、その後継者として、孫の軽皇子を定めることでした。その意を体して作られた「安騎野の遊猟歌」、さらには持統天皇の吉野離宮行幸に際して詠まれた「吉野讃歌」などの宮廷儀礼歌について、その背後の事情とともに詳しくお話しします。
第五回柿本人麻呂③約1時間10分
柿本人麻呂についてお話しする最後に、やはり宮廷儀礼歌に位置づけられる宮廷挽歌を取り上げます。さらに、宮廷社会を背景とはしていますが、人麻呂の私的な世界を描いたとされる「石見相聞歌」「泣血哀慟歌」を取り上げます。後者は亡妻挽歌の始発として位置づけられている作です。そして最後に、『万葉集』の重要な素材となった謎の歌集「柿本人麻呂歌集」についてお話しします。文字表記の上で著しい特色をもつ歌集です。
第六回高市黒人と山部赤人約1時間16分
この回では、柿本人麻呂以降の歌人として、高市黒人と山部赤人について取り上げます。高市黒人は、人麻呂にやや遅れて現れた宮廷歌人ですが、とりわけ旅の歌に大きな特徴を持ちます。旅の孤独と愁いとに初めて形を与えたのが、この黒人でありました。一方、山部赤人は黒人よりもさらに遅れて現れた宮廷歌人です。自然描写に優れ、しばしば叙景歌人と評されますが、自然の背後に潜む霊的な意志にまなざしを向けているところに大きな特徴があります。
第七回高橋虫麻呂約1時間12分
柿本人麻呂が長歌の様式を完成させた後、長歌の表現は、人麻呂の亜流であるところからなかなか抜け出せませんでした。そこに新たな風を送り込んだのが高橋虫麻呂です。虫麻呂は、旅と伝説の歌人と評されますが、とりわけ伝説を歌った歌に大きな特徴を持ちます。歌の内部に語り手を設定し、平安時代の物語文学の草子地を思わせるような手法で、伝説の世界を歌い上げています。真間手児名の歌、葦屋のうなひ娘子を歌った歌などを取り上げます。
後半講座 第8回〜第15回
第八回大伴旅人約1時間23分
大伴旅人は、『万葉集』の編纂者でもある家持の父です。大伴氏は、代々武門の家柄として知られる名族でしたが、旅人の時代には、新たに擡頭した藤原氏の勢力に押され、その晩年には、大宰帥として九州の地に追いやられます。旅人は、そのわが身のありようを、どこか韜晦するかのように、漢詩文の知識を背景とする脱俗的な風流の世界に沈潜します。そうした旅人のありようを、「松浦川に遊ぶ歌」「酒を讃むる歌」などを通じてながめていきます。
第九回山上憶良①約1時間18分
山上憶良は、和歌の表現の可能性を大きく拡げた歌人です。憶良は、社会の実相を深く見つめ、最晩年には己の病と死を見据えるような歌を残しています。それは、和歌の世界に「思想」を導き入れることでもありました。その背後には、豊かな漢詩文の知識、仏教へのつよい関心があります。ここでは筑前守として九州の地に赴任して以降の作、「子らを思ふ歌」を含む「嘉摩郡三部作」、「貧窮問答歌」を中心にお話しします。
第一〇回山上憶良②約1時間12分
憶良は、和歌の表現の可能性を拡げましたが、それに飽き足らず、散文(漢文)を用いることで、己の思索をさらに深めようとします。とりわけ、己の病の原因がどこにあるのかを、徹底的に追求しようとします。一方、憶良は、儒教的な倫理観を絶えず持ち続けた人物でした。ここでは、そうした憶良の散文の作、あるいは辞世の歌などを取り上げ、さらには、憶良の到達点とも評しうる「古日の歌」を詳しくながめることで、その人物の全容に迫りたいと思います。
第一一回東歌と防人歌約1時間11分
『万葉集』には、巻一四に東歌が、巻一六に防人歌が収められています。どちらも東国の庶民たちの歌になります。それを根拠に、『万葉集』は、上は天皇から下は庶民に及ぶ国民歌集だとする理解もあります。しかし、それは誤りであり、どちらの存在も『万葉集』を宮廷歌集と見ることとは、少しも矛盾しないことを述べていきます。ただし、東歌と防人歌には、大きな違いもあります。東国とはどのような世界であったのかも含めて、詳しく見ていきます。
第一二回『万葉集』の和歌の本質 巻一六から約1時間07分
『万葉集』の巻一六は、きわめて特異な巻です。全体は三つの部分に分かれますが、ここでは宴の場を背景にもつ戯笑歌の部分を取り上げます。ここに収められた歌は、『万葉集』の一般の歌とはかなり性格を異にしており、非万葉あるいは反万葉を志向する歌として捉えることができます。それゆえ、それらの歌の表現を仔細に検証することは、『万葉集』の和歌の本質がどこにあったのかを明らかにすることにもつながります。
第一三回大伴家持①約1時間16分
大伴家持は、『万葉集』の編纂に深くかかわった人物です。『万葉集』の末尾四巻を「家持の歌日誌」とする見方もあります。『万葉集』の一割強ほどの歌が、家持の歌でありました。以下、三回に分けて家持について見ていきますが、今回は、その青春時代、家持がとりわけ深く関わった女性、紀女郎とのやりとりをながめていきます。お互いが、倒錯した関係を演技として楽しんでいること、そこに天平期の爛熟した貴族文化の一端がうかがえることを指摘します。
第一四回大伴家持②約1時間14分
大伴家持は、天平一八年(七四六)、越中守となります。以後、満五年をこの越中で過ごすことになります。越中は北国ですから、奈良の都とは風土を大きく異にします。その異質な風土に触れる中で、さまざまな発見がありました。みやびの世界からながめた鄙の世界の発見があり、また同時にみやびの価値の新たな発見、つまり再認識がありました。ここでは、その様相を「立山の賦」「越中秀吟」などの作を通じて、ながめてみたいと思います。
第一五回大伴家持③約1時間19分
天平勝宝三年(七五一)、大伴家持は越中守の任を終え、都に戻ります。藤原仲麻呂が権勢を掌握する中、大伴氏のような守旧派は、徐々に窮地に追い込まれていきます。そこで詠まれた歌が、家持の最高傑作とされる「春愁三首」です。家持はさらに、大伴氏一族の結束を訴え、聖武天皇の御代への懐旧の思いを募らせたりもします。しかし、橘奈良麻呂の変の後、家持は因幡守に左遷されることになります。そこで詠まれたのが、『万葉集』の最後の歌になります。
講師紹介

多田一臣ただ・かずおみ
国文学者・東京大学名誉教授
東京大学大学院修了。博士(文学)。千葉大学助教授、東京大学教授、放送大学客員教授、二松学舎大学特別招聘教授等を歴任。日本古代文学、日本古代文化論専攻。
著書に、『日本霊異記』(全3冊、ちくま学芸文庫)、『万葉集全解』(全7冊、筑摩書房)、『古代文学の世界像』(岩波書店)、『柿本人麻呂』(人物叢書、吉川弘文館)、『古事記私解ⅠⅡ』(花鳥社)、『万葉樵話』(筑摩書房)などがある。古代の人びとの背後にある世界像の追求と表現史の構築とを目指す。
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- 「収録を終えて」講師のことば #003 『万葉集』収録を終えた多田先生による書き下ろしの寄稿文です。
- 「恩師と私」#002 会社員 井藤美香多田先生の講義を受けた卒業生によるエッセイ「多田一臣先生の『万葉集』講義の思い出」。
- 「恩師と私」#003 古文講師・演出家 西村雪野「「異界」と「自由」―多田一臣先生と長島弘明先生―」。
- 《日本古典への招待》『古事記』同じ多田先生による『古事記』講座。古代の人びとの世界像をたどります。
- 犬養孝『万葉集』「万葉の風土と歌人」万葉研究の第一人者・犬養孝氏の講演記録を収めたCD 全3集。
