「収録を終えて」 講師のことば

『万葉集』 東京大学名誉教授 多田一臣

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『万葉集』 東京大学名誉教授

多田一臣

収録を終えて

このほど、『万葉集』の講座、全15回の収録を終えた。

『万葉集』は、一三〇〇年以前の歌を集めた歌集だから、それを読むのは簡単ではない。そのためには、『万葉集』の歌の背後にある、古代の人びとの思考のありよう――私はそれを世界像と呼ぶが、そうした古代の人びとの世界像を知らなければならない。

さらにはまた、『万葉集』が宮廷社会を舞台とする宮廷歌集であることを認識する必要がある。宮廷社会は、時として一般庶民の倫理観とは対立するような、独自な規範意識をもつ。そこに繰り広げられる華やかな社交生活は、いまの私たちが驚くような高度な文化を背景としている。

古典の教科書にも、『万葉集』の紹介はあるが、上記のような『万葉集』のありかたにはまず言及されない。さらに挑発的な物言いをするなら、『万葉集』の研究者には生真面目な方が多いから、時として不倫・乱倫の関係をも生み出すような、宮廷社会のありかたにも目が向けられない。
そうだとすれば、『万葉集』の世界を十全に捉えることはできないはずである。それゆえ、ここでは、そうした教科書などには記されていない『万葉集』の世界について、あえて踏み込んだお話しをしてみた。その背後にある、当時の歴史状況についても、可能な限り詳しく紹介してみたつもりである。

ここでは、額田王、柿本人麻呂、山部赤人、大伴旅人、山上憶良、大伴家持など、主要歌人とその作品とを中心にお話ししているが、その基本は、上記に述べたように、『万葉集』を宮廷歌集と捉え、またその背後にある古代の人びとの世界像を示すところにある。

この講座をご視聴下さることで、『万葉集』という歌集の全容を、真にご理解いただけるものと確信している。余談と称して、しばしば脱線も混じるが、それはご愛嬌と受け止めていただければ幸いである。『万葉集』は、こんなに面白い!!……。