「恩師と私」 大学で講師に学んだ卒業生のエッセイ集
会社員 井藤美香 多田一臣先生の『万葉集』講義の思い出
多田一臣先生の『万葉集』講義の思い出
会社員 井藤美香
2008年の夏学期、東京大学の教養学部前期課程で開講されていた、多田先生の『万葉集』講義を受講しました。私はその後、ほかの言語の学科に進みましたので、多田先生の授業を受講したのはこの数か月間のみでしたが、今でも授業の雰囲気をよく覚えています。
私自身は以前から「小倉百人一首」が好きで、その中にも収められている歌の意味や、それらの歌が詠まれた時代について興味を持ち、講義を受講していました。授業では、天武天皇と大田皇女(おおたのひめみこ)の間に生まれた大伯皇女(おおくのひめみこ)と大津皇子(おおつのみこ)の生涯や歌について、『万葉集』以外の文献をもとに史実とも照らし合わせながら紹介していただきました。
授業の中で特に印象的に残っているのが、『万葉集』の歌についての解説から少し脱線して、さまざまな分野の知識や関連情報を教えていただき、それがいずれもとても面白かったことです。歌の背景となっている当時の人々の生活習慣や、持統天皇の時代を中心とする複雑な皇位継承問題、飛鳥など各地に残る史跡、そしてその場所を先生ご自身が歩いて見聞きされたこと、今使っている日本語の語源になっている事柄などなど、どこまでも広がっていくお話に夢中になって聞き入ったのを覚えています。面白いお話を聞いているうちに、気づけば本題の万葉集の歌からずいぶん遠い話題にまでたどり着くこともありました。
個人的に高校の修学旅行で行った飛鳥の史跡についてのお話も伺うことができ、歴史として学んできたことや歌が歌われた時代の出来事は、地続きで現代に続いているのだと実感しました。『万葉集』などの古代文学を学ぶことの楽しさと奥深さ、そして広がりをこの授業で教えていただいたことで、その後も古代文学には強い興味を抱き続けています。
今回新たに収録された多田先生の講義でも、歌の解説にとどまらずに「脱線」し、次から次へと新たな話題や興味深い事実を提示される講義の面白さがそのまま収録されており、学生時代の授業のように次々に再生して聞いてしまいました。今回の講義で改めて『万葉集』ほか古代文学について学びなおし、実際にまた現地に行ってみたい気持ちが高まっています。ぜひこの文章をご覧の方も、多田先生が15回の講義でじっくりと、現代人に分かりやすく面白く紹介してくださる『万葉集』の世界を体験し、日本の古代文学を自分なりに学び、味わうきっかけにしていただければと思います。
井藤美香
株式会社オトバンク オーディオブック事業部マネジャー
東京大学教養学部にて、多田一臣先生の『万葉集』講義を受講。
東京大学文学部言語文化学科を卒業し、新卒でオトバンクに入社。